学生時代、失恋したあとに何度か眠れなくなったことがあった。
そういうときは、ふとんの中でごろごろしていても一向に眠気がおりてこず、時計の音や、冷蔵庫のぶうんという音が妙に五月蝿く感じられる。今でもないわけではないけれど、当時のように慢性的なものではない。

たぶん、ホルモンバランスの関係とか、そういうもののせいで眠れない日が１、２ヵ月に１度あるくらいだ。

あのとき、どうしようもなくなるとふとんから飛び出して、キッチンに立ち、無心で料理をしていた。本気で眠れないときは、冷蔵庫のなかにあるものをすべて使いきるのを目標にして料理をする。どうせこのままごろごろしていても翌日睡眠不足になるのだから、だったら明日一日乗り切れるだけのごはんを用意しておけば、ちょっとはラクになるのだ。

そこまでのやる気さえ出ないときは、スープだけをつくる。決まってたまごスープだった。それにわかめだったり小ねぎだったりと、気分と在庫に合わせて少しアレンジを加える。


一度寝ついたら朝までぐっすり眠れるのが、私の長所のひとつだと思っていたけれど、妊娠中で息苦しいからだろうか。このごろ、たまに夜中に起きてしまうことがある。
ふと目を覚ますとまだまっ暗で、体感的に丑三つ時くらいだ、という感じがした。

隣に航くんがいない。暑いから床に寝ているとか、そういうわけでもなく、寝室の中に彼の姿が見当たらないのだ。
お手洗いに立つついでに、家の中を見てみることにした。でも、彼はどこにもいないのだ。

リビングに来て、ぞくりと寒気が走った。レースカーテンの向こうに人影があるのだ。ベランダの柵に持たれるようにして頭をつけている。一瞬、泥棒かと思った。
レースカーテンのすき間からそっとのぞく。航くんは片手にお酒のびんを持って、爪のような月を見上げていた。私には気づいていない。そのとき、彼はぐっと顔を下に向けて、手の甲で目の当たりを拭った。

声をかけてはいけないような気がして、私は寝室にもどった。結局朝まで眠ることはできなかった。


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