※この記事は、noteに書いた記事の再掲となります。



四国に来てからもう6年になるだろうか。
ずっと時間に追われるように生きてきた気がする。




必要最低限のこと──家事・育児・毎日の習いごとや園への送迎など、そして、小説や毎日更新といった「やりたいこと」に関しては、なんとかこなしてきた。



でも、いつも睡眠時間を削っていたからねむたくって。





立ち止まって時間の使い方をじっくり考えるみたいなことはなかなかできずにいた。


いや、やろうとはした。何度も何度も。

でも「今がんばってもどうせすぐにライフスタイルが変わる」とわかっていた。だから、本気にはなれなかった。だって、作り直すのはものすごく時間と手間がかかるんだもの。




ワンルーム住まいから戸建てになり、
子どもが一人から二人になり、
それぞれ入園や入学し……。




今考えたってすぐ使えなくなる。

それがいいわけだとわかっていた。

立ち止まってきちんと考えることこそが「急がば回れ」だとわかっていたのに。





この1ヵ月ほど、朝早く起きられることが増えた。



でも起きられないときは理由があって「起きる楽しみ」がないからなのである。

でも、やりたいことも思いつかない。
やるべきこともありすぎてぼんやりしている。





あと10日ほどもしたら、下の子が小学生になる。

ひと月ほどは毎朝の送りと、帰りのお迎えが必要だ。これまでより2時間早く家を出なければならない。

とてもじゃないけれど、なにもできず、疲弊していく未来しか見えなかった。






「いまやらなくちゃ」







書籍化した「時間が貯まる 魔法の家事ノート」というメソッドをつくったとき、もっとも大変だったのが、家事の総量を見える化することだった。



けれども当時の私にはたっぷり時間があった。
なにより生活を変えたいと心から願っていた。最優先事項だった。

だから、まったく苦にはならなかった。





でもたぶん、ほかのひとには面倒だろうな……。
どうしたら楽になるだろう。


本を書くにあたって大事にしたのは、読んだひとが「家事の総量を|0から《・・・》探らなくていいようにすること」だ。



本のなかにはカテゴリ別のリストがあるから、そこから取捨選択していく。足りないものは増やしていく。

そうやって少しでも負担を減らせればと思っていた。





でも「今」は違う。
もっとかんたんに自分に合わせた「核」をつくれる。




私はChatGPTをひらくと、こんなふうに入力した。



「毎日する家事のリストを作りたいです。
・家事の内容は朝にすること、夜にすること、時間を問わないことの3パターンに分けます。
・取捨選択するからなるべく細かく多めに出してください。
※1年生と4年生の子どもと猫がいます。
※フリーランスなので出勤はしません」



ものの数秒で家事リストが作成された。




それをコピーして、取捨選択していく。
足りないものを考えていく。



あとは、過去に何度も失敗した経験を生かして設計図をつくっていた「マグネットシート」に書き込んでいくだけでよかった。

ほんとうに、なんで今までやらなかったんだろうと不思議になるくらいあっという間の出来事だった。

書き出した「毎日やっておきたい家事」は34個になった。



リストに沿って動いていくと、考えたり迷ったりしなくていい。さくさく進んでいく。




ああ、この感覚は四国に来てからずっとなかったものだ。




やってみると34個じゃ足りないということがわかった。




製氷機は毎日確認したほうがいい。
ベッドメイキングやソファの整頓が抜けている。
週1・月1の家事も、家事内容は書かずに「七色の家事」「月ごとの家事」と記載しておけば、べつなリストを参照しながらすぐ取り組める……。



はじめにつくったときは、34個が多いのか少ないのかはよくわからなかった。

けれども、実際に動いてみると結構な負担だと気がつく。



私がつねづね「時間泥棒だ」と主張している”さきやまとしか”を取り除いたのにそれでも大変だった。


子どもに散らかされたり、だれかが体調を崩したりすると、途端に家がゴミ屋敷のようになってしまうのだけれど当たり前だ。
ぜんぜん楽じゃないじゃん。




そもそも、はじめて家事ノートをつくったときはワンルームに住んでいたので、家じゅうの片づけと掃除がたったの20分で終わっていた。

毎日やることは丸暗記できるくらいの少なさだった。




リストに沿って動いていたら、ふだんはぜったいに動かない子どもたちが手伝ってくれた。

いつもなら「ママってぜんぜん遊んでくれない」「UNOしようよ」と騒いでいる。このリストがぜんぶ20時半までに終わったら遊べるけどね、と言うと動き出した。


私が家事ブログをはじめるよりもずうっと前に読んだ本の中で「家事する様子を家族に見せる」というのが書いてあった。

「大変なんだからわからせなくちゃいけない」という主張に、当時の私は反発感を覚えた。

「家族にわからせるための家事ってなに?」と。


でも今は、ちょっとわかる気がする。


家事は自分や家族がストレスフリーに暮らすために必要なものだけれど、それを無償ですべて一人で背負い込むのはやっぱりしんどいのである。



飽きっぽい私のことだから、この方法を「継続」できるかはわからないけれど、つまずきポイントを見つけて解消しながらうまく馴染ませていきたいと思っている。



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